「壁抜け男」('14/02/21マチネ)

「壁抜け男〜モンマルトルの恋物語〜」


††キャスト††
デュティユル 下村尊則
イザベル 坂本里咲
部長・刑務所長・検事 青木朗
八百屋・娼婦 佐和由梨
デュブール医師・警官2・囚人・弁護士 明戸信吾
B氏(公務員)・警官1・看守1・ファシスト 金本和起
C氏(公務員)・乞食・看守2・裁判長 川原信弘
画家 永井崇多宏
M嬢(公務員) 戸田愛子
A夫人(公務員)・共産主義者 久居史子
新聞売り 有賀光一



2年ぶりの東京公演です。
大阪公演の予定がなくなってしまって、見損なってしまったリベンジ。
次回公演が必ずあるとは限らないので、東京まで行きました。
「壁抜け男」公演は2年ぶりですが、私が前回見たのは、'07の京都公演ですから、7年ぶりです。
今回の座席は、下手サイドの最前列。
ディティユルが初めて壁を抜けるところがちょっと見えにくかったのが残念でしたが、その他の点では良席でした。
新聞少年が目の前で歌ってくださるところが何ヶ所もありましたし(^^)

さて、舞台の感想ですが、とてもよかったですよ!
基本的に皆さま歌がお上手ですし、その点にも満足。
ステージに近い席だったので、細かい表情や演技もよく見えて、そこも良かったです。
主演の下村さんのデュティユルは、ちょっと歌が残念なところもあったのですが、等身大のデュティユルで心に染みる演技でした。
7年ぶりの「壁抜け男」は、デュティユルとどこかで同じ自分が感じられて、彼のやるせなさや逡巡が共感できて、7年前とは違う感動がありました。

その日のバックステージツアーでも仰っていたんですが、脚本に込められた意味が深くて、いろんな読み方ができる作品だとか。
きっと見るたびに、感じることは違うのではないかと思います。
人生の意味、幸せの意味、そんなものを考えさせられる作品。
やはり、私は「壁抜け男」が好きです。


以下は、個別の感想を。


■デュティユル
オープニング、公務員の皆さまのコーラスに気を取られていて、デュティユルの存在を忘れるw
はっ! そういえばデュティユルは? と上手に目をやると…なんというか、全く冴えない中年男がそこにいました。
見事なまでに存在感がなく、誰からも顧みられていない感じが出ていました。
タイプライターを戻すときに2回に分けているところの音(ジャ、ジャーという感じの)と音楽とがいい感じで合っていました。

仕事が終わって帰宅の途につくときの、疲れ切った感じ。
徒労感がにじみ出ていて、ものすごくよくわかる!
で、家に着いて停電で「なんなんだよ…」という苛立ちと無力感と、その辺が見事だなあと思いました。

医師のもとからの帰り道。
「壁は友達だったのに」デュティユルは、閉じこめられていたわけではなく、閉じこもっていて、自分の世界を守りたかった。
新しいことに挑戦するより、現状を守りたい…それって年を取った証拠ですが、すごくわかる。
もう、変わるための努力とか、しんどくて、今のままでいいと思ってしまう自分がいるんです。
それなのに、壁はもう自分を守ってくれない。
世界が変わる、生き方を変えなくてはならない。
正直、これってしんどいことです。
だから、今まで通りで良い、壁を抜けられることは忘れてしまって、今まで通り生きていこう、と思うデュティユルの気持ちが理解できる。
デュティユルの逡巡が本当によく分かるシーンでした。

部長に罵られたあとのデュティユル。
「ミジンコ?…ミジンコ…」が可笑しいというか、可愛い。
そこから、壁を抜けて部長を驚かせていくところは、「今まで通り生きる」から一転、壁を抜けることを楽しんでもいる様子。
ところで、このシーン、デュティユルの顔は、人形もしくはマスクなんですね。
前回は後方席だったので、そこまでわからなかったのですが、今回は作り物の顔であることがはっきりわかりました。

パンを盗み、宝石を盗み、壁を抜けることを楽しんでいるデュティユル。
有名になって、イザベルに知って貰おうとするところも、とても楽しそうでした。
二人の警官と、金庫前で踊っているところ、うきうきしているのが伝わってきます。

それが、イザベルと実際に会った後の切ない挫折感。
裁判では、また高揚感があって。

結ばれた後のダンスは、途中まで幸せいっぱい。
それが、頭痛を感じてからは、辛いのを耐えながら、優しくイザベルを見つめている。
その辺の演技が細かくてわかりやすかったです。

ラストシーンの示唆するところは、なんでしょうか。
壁を抜けられなくなったデュティユル。
彼自身が壁になったととらえるのか、壁に囚われたととらえるのか。
恋がダメなのは、守るものができると自由ではなくなるということなのでしょうか。
このシーンでは、ディティユルが囚われたことよりもイザベルがひとりぼっちになったことが辛かったです。
勿論、二人とも淋しいのですが…。
その二人を、そっと見送る町の人々が、また切なくて涙がこぼれました。

全体を通して、とにかく「普通の冴えないおじさん」らしさが良かったです。
しょぼくれていて、仕事に不満があって、頑張ってるのになあ…という倦怠感にあふれていて。

歌に関しては、タイプライターのところは無難にまとめていた感じでしたが、他のところでテンポが遅れたり、音が上がりきらなかったり。
(もしくは高音を下げた?)
一箇所、歌詞が飛んだ(もしくは、口が回りきらなかった)ところもありました。
ぶつっぶつっと切れるようなところもあって、「歌を聴きに行く」と思ったら残念なディティユル。
でも、総合的に見て、素晴らしいデュティユルだったと思いますし、私は感動をいただきました。


■イザベル
これも、きっと人によっては異論がおありでしょうが…。
私は好きです。
私は井料さんのイザベルも、樋口さんのイザベルも見たことがないので比べることができませんが。
可愛い、庇護される存在の、籠の鳥らしい女性。
立ち居振る舞いが、ちゃんと若い奥様。

うちの中に閉じこめられて、守られて、そのことに一切疑問も感じていなかった女性が、壁抜け男を知って、自由に憧れるようになって変わっていく。
その変化がとても自然でした。
お許しがなければ外に出なかったのに、裁判の時は自ら飛び出していって、最後も自分で選び取っていく。
一見、弱そうで、実は芯の強い女性、というのが里咲さんはお上手だと思いました。


■公務員
A夫人の、ビスケットを食べているときの幸せそうな顔!
缶をぱかっと開いた時から、至福の笑みですw
B氏は、お茶の時間にビスケットを貰ったとき、ちょっと食べこぼしてました。
C氏は、ビスケット貰ってないですね?
皆さま、5時に近づくと、コートのポケットに机上のものを片づけて、一気に退庁。
ただ、公務員の皆さまのコーラスは、CDと比べると少しテンポが遅くなっている感じがしましたが…気のせい?


■M嬢
M嬢は、「受難のマリア」もあるので、ちょっと分けてみました。
どうしても佐和さんのM嬢のイメージが強かったのですが、印象は結構かぶります。
背が高くてすらりとしてる感じで、お嬢さんっぽさは出ていた感じ。
ただ、「デュティユル!デュティユル!愛の歌〜」のくだりの、突き抜けた感じは佐和さんの方がいいかな。

デュティユルに恋をしているのかな?と思ったら、口笛バレエではにこにこと見送っているので、その辺の心の動きはちょっとわかりません。
でも、すっごく良い笑顔なので、ああ、心からデュティユルの幸せを願っているんだなあと思えます。


■デュブール医師
良い声で朗々と歌われています。
でも、医師は寺田さんがすっごく好きだったので、少し淋しかったです。
全般に平坦で、もっと緩急が出るといいなー。


■警官1・2
可愛すぎるvv
二人が2ステップを踏むところとか。
警官2さんがに2歩目から、すでに2ステップじゃなかったり。
自転車でくるくる回っているところも可愛いですし、とにかく警官さんはどっちも好き。
このお茶目な感じ、医師でも出るといいのになー。


■部長
意外と嫌なやつ感がなく。
「お前、今、顔を出したか?」のときの、おろっとした感じとか。
ワンコになってしまうところも、コミカルな感じもあって、以前観たときの嫌な感じは無かったです。
(でも、あんまり気持ちいいシーンではないですけど)


■看守1・2
看守1の靴はスニーカーで、看守2の靴は革靴なんですね。
立ち方も、スポーツマンとインテリの違いを見せている感じでした。
バックステージツアーで二人の帽子を見たのですが、看守1はサッカーボールの飾りが付いていました。
この辺含めて、細かくてさすがです。
デュティユルに壁越しで蹴っ飛ばされて、びくびくする二人、可愛かったです。
そして、勿論、良いお声でした。


■囚人
なんだか、似合ってましたよ、あの衣装。
にまにましているのがキモ可愛い。


■刑務所長
切ない〜。
みんなで「ジュディオーン、素敵ー」と棒読みしているところとか。
あ、ここ、囚人さんも言ってるですね。
ちょっと可哀想で、情けなくて、応援したくなります。


■検事
一転、検事は、恰幅も良いし偉そうな態度…なんですが。
裁判で、「私には妻がいる」あたりから、実はイザベルのことを大事に思っているのでは?と思い出しました。
壁抜け男を死刑にしたい理由が、本当のところは妻を盗まれたくないから…とぽろっと本音が出た?という感じで。
悪いヤツなのかもしれませんが、人間的に弱さも持っていて、ちょっと可哀想になりました。


■画家
画家の絵、1幕前、2幕前、フィナーレで少しずつ完成していっていたんですね。
観客席を描いている設定…ってことは??

イザベルがお買い物に来たとき、下手で新聞を広げて何か書いていたんですが、クロスワードをしている設定だそうです。
…そんなん知るかーって感じの細かい設定ですね。

ちょっと小さくて可愛い感じですが…。
正直、佐野さんの画家ってどんなんだったんだろうと、想像すらできない。
きっと全然違うタイプなんだろうな。


■娼婦/八百屋
佐和さんっておいくつなんでしょうか?
「夢から醒めた夢」の老婦人でも見事な化けっぷりだと思いましたが、今回もお見事。
歌うとさすがに若返りますが、見た目はちゃんとお年を召しています。

娼婦で登場するところ(夜のシーン)の台詞だけ、ちょっと残念な感じでした。
もう少し自然な感じだといいかなと思います。

イザベルがお買い物に来たとき、お会計に指4本を立てていました。
4フランかなあ?
イザベルはお財布から銀貨を4枚出していました。


■新聞売り
良い声で、笑顔が爽やかでした。
朝刊を売りに来て、ちらっとイザベルが覗くのにも反応していました。
お客を見逃すまい…ということでしょうか。

1幕は、新聞を売るのに現れるくらいで、出番は少な目。
「大ニュース」で客席におりてくださるサービスはありますが。
前回は、ピアノさんの傍で「大ニュース」と歌われて新聞も渡していらっしゃったような気がします。
ですが今回は、さくっと通り過ぎて行かれるので、あれよあれよという間に引っ込んでしまわれた印象でした。

2幕での登場は上手扉から。
前回はセンター最前列のお客さんに話しかけていた印象がありましたが、今回はあまりそんな感じがしませんでした。
サイドから見ていたからかな?
下手階段から舞台に上がられるときに、娼婦さんに手を貸す画家さん。
さくっと上って行かれる新聞少年さんでした。

デモの時は看板の並びが逆で、娼婦から合図をされて入れ替わるときの笑顔が可愛いかったです。

しかしやはり、歌で聴かせてくださるのは、「新人アナウンサー」でしょうか。
この時、デュティユルを見かけて「あれ?」ってなっているのに、それを「現場からお伝え」しないのがちょっと笑えます。
去っていくデュティユルの後ろ姿を見送っていくところなどには、ちょっとした余裕が感じられました。

そして、演技とかでは裁判が一番見所があるといいますか。
一人ひとりの言葉にいちいち反応しているのが良いです。
ファシストが出てきて「彼こそ愛国者」と言うと「愛国者ぁ〜?」。
娼婦が出てくると、「お、頑張って!」と応援する笑顔。
共産主義者が出てくると、「なんで、共産主義者?」。
弁護士が「何にもわからん〜」で、「こりゃあかん」。
検事の「死刑」には、あり得ないだろうと反応し、裁判官が「死刑はやりすぎだ」で、そうそうと頷く。
とにかく、きちんとひとつひとつの台詞を拾っていて見ていて楽しいです。

口笛バレエでの余裕かましている表情もいいです。
下手したらデュティユルより大人みたいな顔で。
そして、ステップを踏んでいるところは、とっても軽やか。
ふわっと飛ばれるので、それまで意識していなかった靴に目が行きました。
柔らかそうな靴で、着地しても音が出ない感じ(靴底が薄そうな感じ)です。
口笛を吹いている設定ですから、もちろん唇は尖ってます。
最初は見ていただけの弁護士と裁判官が、加わったときの「おっ?」という顔も良かったですよ。

フィナーレは、それぞれのキャラクターが歌うのをそれぞれに応援している感じであたたかいです。
ラスト、立ち位置が上手なので、ちょっと残念。
上手席だったら、目の前で「人生は素敵」と歌って貰えたのかなと。
でも、それ以外は、下手席、とっても良かったです。

あと、ここからちょっとだけ見切れで見えたネタバレ。
一応、反転しますね。

ディティユルが顔を出すシーンになる直前、セットの裏にすっと入っていく人影が見えました。
顔は見えませんでしたが…あの身体のラインは絶対有賀さん。
この時点で、デュティユルの顔が作り物だとはまだ気づいていなかった私は、有賀さんが顔を出すの?とドキドキ。
髭をつけた有賀さんとか、想像すると楽しいじゃないですか。
実際は、作り物だったわけですが…。

このシーンのあと、今度は結構悠々と去っていく人影。
デュティユルと同じグレーの上っ張りを着て、でも足元からはしっかり新聞少年の衣装が見えていました。
デュティユルと同じ衣装を着ていたということは、マスクをかぶっていたのかな?と思いますが、そこまでの確認はできず。
しかし、ここが有賀さんのパートだと知れたことは、個人的にとても嬉しいことでした。