「杉原千畝」

映画、「杉原千畝」を見てきました。
2週間前に。


リトアニアに行く前に、満州で諜報活動をしていたところから始まって、日本に帰り、奥様と出会い、リトアニアで多くの難民にビザを発給し、ベルリンへ行き、収容所に入り、後年、モスクワで助けたユダヤ難民の青年(だった人)と出会うまで。


リトアニアに行く前のお話は知らなかったので、興味深く見ていました。
意外と野心家で、やり手だったんだなーという印象。
千畝さんに煮え湯を飲まされて、ソビエトは入国を拒否しているなど、本当にやり手の外交官。

私の杉原千畝さんのイメージは、「SEMPO」(ミュージカル)ですので、リトアニアでのエピソードが中心。
映画では、なかなかそこまでたどり着かなくて、ちょっともどかしかったりもしました。

しかし、リトアニアに物語が移ると、「ハヌカ」のお話があったり、日本の切手をほしがる少年・ソリーが出てきたり、ミュージカルにあったエピソードが次々に。
グッシェ(現地採用のドイツ系リトアニア人)は、まさかのいい人だったし、ニシェリも出てきた!

手書きでビザをかく千畝さんのためにゴム印を用意したのがグッシェだったのは、「そうなん!?」と驚きでした。

あと、電車の窓からもビザを書きつづけ、「許してください、私にはもう書けない」というエピソードはなかった…。
…これって、真実じゃないの??と疑問になったところ。

千畝さんは、ひとりひとりに丁寧に話しかけて「ご無事を」とか仰っていたんですけども。
ミュージカルの必死な感じ、必死で書きつづけた感じは、薄まってように思います。

…で、こっちが真実なの??


ミュージカルでは、ユダヤ人たちの行き先「キュラソー」については、さらっと台詞で「行き先ならあります。ここなら、ビザは不要。日本の通過ビザを」って感じでしたが、その辺のエピソードについては、「そうだったのか!」でした。
ここは、ちょっと感動したなー。


ビザを手にしたユダヤ難民たちは、その後、どうやって日本にたどり着いたのか。
そこには、また別の日本人の助けがあって…決して、千畝さんの力だけではなかったことなどが語られていましたが。
そのエピソードも感動したけど、で、実際、千畝さんの無理を通した人達がいたんだろうけど。

…ちょっとプロパガンダ的なにおいを感じてしまったなー。



そんないろいろな、ちょっとした「うーん」が重なって、見終わってからは、すこーし微妙な気持ちになりました。

見てよかったけど………見なくてもよかったかもなー。
でも、これが真実なのだとしたら、今までの自分の認識は、美化されたものだったのかなー。
もっと自分で、きちんとしらべないといけないのかもしれないな。
………だとしたら、やっぱり見る価値はあったかな、と思います。