ナイル紀行−観光編

2009年12月24日〜2010年1月1日の9日間、エジプトへ行って参りました。

私は言葉も出来ないですし、しかもエジプトですからね。
個人旅行ではなく、旅行会社のツアーを利用しました。

集合時間は、21:25。
仕事してからでも、間に合ってしまうというw

関空からドーハ、ドーハ乗り継ぎでルクソール
ルクソールに着いたのは、25日の午前10時頃。
入国手続きしたり、両替したり、ビザ貰ったり(ビザは添乗員さんがまとめて貰ってくれました)して、空港から出たのは、たぶんお昼前だったと思います。
時差は+7時間なので、移動時間は(乗換込みで)17時間くらいかなあ?
機中では、「ジェネラルルージュの凱旋」と「アマルフィ」を観ましたw


さて、ここからが、観光について。

ルクソール

ルクソールは、かつての「テーベ」だそうです。
ガイドさんに教えて貰うまで、気がついてなかった(^^;
そうか、テーベかぁ…。
中王国時代に、都の置かれた地になります。

ナイルの東岸が生者の都。
宮殿や神殿が建ち並んでいたそうです。
一方、西岸が死者の町。
墓や葬祭殿が残っています。


カルナック神殿
アメン神とラー神が合体した、アーメンダラー神(←ガイドさん談)の為の神殿。
奥の方は中王国時代の建物だけど、いろんな王様がどんどん増築していって、大きくなったそうです。

入り口には、ずらーっと両脇にスフィンクス
このスフィンクス、なんか、見慣れない…と思ったら、顔が羊。
門をくぐっても両脇に羊の顔をしたスフィンクスがずらりと並んでます。

二つ目の門をくぐると、そこにはずらりと大きな柱。(列柱室というらしい)
門の壁にもレリーフがいっぱいあったけど、柱の並んだ部屋の壁にも綺麗なレリーフがいっぱい。
そして、柱にもレリーフがいっぱいです。
一部残った天上には、今も色が残っていて、とっても綺麗。

更に奥へ行くと、ハトシェスプト女王のオベリスクが綺麗に残っています。
このオベリスクは現存するオベリスクの中で2番目に高いのだそうです。
ちなみに一番はアメリカにあるそうなw

とにかく、規模がデカイ。
そして、レリーフが見事。
何より、列柱室の天井の色ですよね。

それぞれの王様(トトメス1世やハトシェプスト女王、ラムセス2世など)が競って増築したのかなー?
ひとつ門をくぐると別の風景が出てくる感じでしたw

自由時間でぐるぐる回ったけど、とてもじゃないけど、時間足りません。
ここだけで、2〜3時間、遊べる。

あ、回ると言えば、ここにある、井戸だったかな?それの周りを7周して願うと叶う、という場所がありました。
ツアーのみんなで、ぐるぐる回って来ましたよ!

…あ。
私の願いは、「ちっちゃいメレブに会えますように」だった…。
すげー、願い叶ってるやん。
(まだ、会いに行ってないけどw)


ルクソール神殿
こちらは、カルナック神殿に比べると、だいぶ小さいです。
カルナックのように何人もの王が増築したわけでなく、ひとまとまりの神殿として作られたそうで、統一感があります。

門の前にはオベリスクとラムセス2世の巨像。
このオベリスク、1本なんですが…昔は2本あったそうで。
現在、片割れは、パリのコンコルド広場にあるそうです。
…って、あのオベリスクか!

初めての海外旅行で、パリの広場の真ん中に突っ立ってる(失礼)オベリスクを見たんです。
そのころは「オベリスク」というもの自体を知らなくて、価値もわからず。
勿論、それがエジプトの遺跡というのも知らず。
なんで、広場の真ん中にこんな柱があるんだろう??と思っていたんですが。

そうかー、こやつは、あのオベリスクの片割れだったんだ。
ちなみに、パリのオベリスクは、略奪ではなく、18世紀か19世紀のフランス王が、エジプトのスルタンに時計台を贈り、そのお返しとして、スルタンはオベリスクを贈ったんだそうです。
その時計はすぐに壊れたらしいけど(ガイド談)

門を入って、一つ目の中庭に入ると左手の壁の上に古いモスクが造られています。
神殿が土の下に埋まっていた頃に造られたモスクだそうで、綺麗に改修されてました。

2つ目の中庭の奥には、列柱室。
そして、そこにはアレキサンダー大王のレリーフもあります。
ちょっと不思議な感じです。

更に奥に進むと、もともとこの神殿の一番神聖な場所。
そこに、キリスト教風のフレスコ画が描かれていて、それも不思議な感じです。

同じ神殿に、古代エジプト宗教と、キリスト教と、イスラム教が同居している。
ラムセス2世とアレキサンダー大王が同居している。
でも、そのせいで全体のバランスが崩れることはなくて、一貫した造りになっている。

そして、記憶違いでなければ…。
ここで、かつてテロがあったんじゃなかったっけ?
ルクソール神殿」だったと思うんだけど、もしかしたら「ルクソールの神殿」だったかも?
さすがにガイドに聞きづらくて、そのままになってます。

門の所まで戻ると、ライトアップが綺麗でした。
また、門からまっすぐ延びた道は、現在発掘中のスフィンクス参道だそうで、ここからカルナック神殿まで参道は続いていたそうです。


メムノンの巨像
アメンヘテプ3世の葬祭殿前にあった巨像。
ホントに像だけがどん!と残ってます。
なんというか、いきなり大仏がそこにある!みたいな感じです。
しかも、2体w

向かって右の方の像の胸の当たりに穴が空いていて、そこを風が通り抜けるときに鳴る音が、メムノンギリシャ神話)のなき声に聞こえた空、メムノンの巨像というらしい…。
って、そんな由来なのー??
それくらい前から、この巨像がここにあって、人々に親しまれていた(葬祭殿がなくなっても)ということなのか。


■ハトシェプスト女王葬祭殿
ハトシェプスト女王の葬儀が行われた神殿。
3階建てのテラスになってるけど、非常に綺麗に残ってました。
(上の方は修復されたらしいけど、下は何も修復してないそうです!)

バスの駐車場からは、タフタフという乗り物で、神殿まで行きました。
タフタフは、まあ、遊園地なんかである、子どもバスみたいな感じ?

ここでの気温は30度超え。
暑い…。
でも、日陰にはいると、全然涼しいのが、さすがでした。

このハトシェプスト女王葬祭殿から、ちょっと離れたところに、ハワード・カーターが暮らしたという家が残っていました。
葬祭殿がある岩山を登って裏側に行くと、王家の谷なんだそうです。
カーターは、毎日、ここから、王家の谷に通って、ツタンカーメンの墓を探したんですね。
…しかし、歩いてだと、この岩山を超えるのは、ちょっときつそう…。
欧米の方でしょうか、歩いて超えている方、何名か見かけましたけど。


■王家の谷
王家の谷へも、駐車場からタフタフで入り口まで移動。
ここではカメラ持ち込みが禁止なので、写真が全く撮れません。
かつては、持ち込みはOKだったけど、撮影禁止だったんだって。
でも、こっそり撮る人が絶えず、結局持ち込み自体が禁止になったそうです。

お墓の中はともかく、王家の谷全体の様子とか、写真に撮りたかったのに…。
マナーのない人たちが多くて困る!
あとで聞いた話では、携帯の写メで撮っていた人がいたそうで、罰金を取られていたそうです。
ああ、ホント、マナーがない人は嫌だよー。

入り口のところには、透明な模型があって、王家の谷の地下の様子も見れるようになっていました。
複雑に入り組んだ通路と部屋で、この模型も見応えがありますよ。

王家の谷では、1枚のチケットで3つのお墓に入れます。
でも、ツタンカーメンのお墓は別料金。
あと、添乗員さんオススメのラムセス6世のお墓も別料金です。


ツタンカーメンのお墓
狭い通路を降りると、小さな部屋に突き当たり、右手に玄室。
玄室の右手にも部屋があるようです。
玄室には入れないので、のぞき込む感じになります。

部屋の左側には、ツタンカーメンのミイラが安置されています。
ミイラの足元にも部屋がありますが、大きさまではよくわかりませんでした。
ツタンカーメンのミイラは、すごく小さくて、顔とかまではよく見れなかったなあ。
今から思えば、もうちょっとよく見ておけば良かったです。

で、これで、ツタンカーメンのお墓、終了。
入場料は、100ポンド(日本円で、1700円くらい)。
有名な場所だし、まあ、そんなもんかー?
でも、あとのお墓と比べると、本当に貧相で、ちっちゃかったです。


■ラムセス6世のお墓
これは、凄かった。
入り口から最初の部屋まで、両側の壁、天井に、ぎっしりと壁画が描かれてます。
それも、とっても色鮮やかな!
さっきのツタンカーメンは何だったんだってくらいに、全然レベルが違う。

奥に進めば進むほど、色が鮮やかで、一番奥の部屋、きっと玄室でしょうね、ここはもう、溜息がでるような美しさ!
入場料はツタンカーメンの半分だけど、逆でも全然OKなくらいです。
でもって、別料金だからか、入る人も少なくて、ゆったり見れるのも良いところvv

ただ、あんまり有名じゃないのかな?
ガイドブックにも、買ってきたポストカードセットにも、写真が載ってない(涙
記憶の中だけだと…いつか消えちゃうんだろうなー。


■ラムセス3世のお墓
6世に比べるとそれほどでもなかったけど、まずまず。
結構、奥深かったかな?


■ラムセス1世のお墓
かなり急勾配の坂を下っていきました。
通路にはあまり装飾がなく、奥の部屋だけに壁画があったかな?

3世と1世のお墓は、若干混同してます(^^;


■ラムセス9世のお墓
ヌト女神の壁画が、6世ほどではないけれど、綺麗に残っていました。
3つの中では一番好みでしたし、見応えがあったと思います。


添乗員さんと話していると、王家の谷で一番のお墓はセティ1世のお墓だそうです。
セティ1世は、ラムセス2世の父親。
でも、このお墓に入るのには40万円かかるんだって!

「じゃあ、40人のツアーを組めば、一人1万円で見れる?」
と、聞きましたら、20人とかで40万なので、人数が増えるとまた金額も上がるそうです。
でも、このセティ1世さえ見れば、後は見なくてもいいくらいの素晴らしさだそうですので、ツアーを見るときに王家の谷で誰の墓に行くかをチェックする必要ありですね。
あと、ラムセス4世のお墓も素晴らしいそうですが、こちらは、今は閉まっているそう。
時期によって、開けるお墓を決めて、順番に回しているんだそうです。
なるほどねー。


ルクソール博物館
ルクソール神殿などで発掘されたものが展示されています。
ツタンカーメンのお墓から見つかった戦車も一台展示されていました。
また、ラムセス1世のミイラもあったので、「さっき、お墓にお邪魔してきました」とご挨拶してきました。
アクエンアテンの像や、トトメス3世の像など、見てきました。

他にも生活用品?
ベッドは、頭置きなのか、首置きなのか、でんっと中央にあります。
弓もありました。
…これ、ラダメスの時代も使ってたかしらー?

他にも、ビザンティン金貨やローマ銀貨も。
なかなか楽しく拝見いたしましたvv


エド

■ホルス神殿
この神殿はエドフにある、ホルス神の為の神殿。
プトレマイオス朝の時代に作られたので、レリーフもちょっとギリシアちっくというか。
エジプトの絵なんですが、ギリシアの要素を感じます。
入り口付近に残っている、ハヤブサの姿をしたホルス神はとっても綺麗です。

また、この神殿にはナイロメーターが残っていました。
細い階段を下りると、奥の方に水がちらっと見えます。
ナイルの増水期には、この階段から水が上がってきたそうです。
神殿の壁、10cmくらいのところが色が変わっていましたが、それは増水期にここまでナイルの水面が来た跡なのだとか。

ナイルの増水量によって、運ばれてくる土の量も違い、結果として、収穫量が変わる。
そのため、増水量によってその年の年貢を決めるための施設だったそうです。


コムオンボ

■コムオンボ神殿
この神殿はコムオンボにあって、やっぱりプトレマイオス朝に作られたものです。
ナイル川の河岸すぐにあって、今でも、クルーズで来る観光客は、ナイル川から直接ここに訪れるとか。
テラスも広くて、とっても気持ちいいです。

ここの神殿に残っているレリーフには、暦(カレンダー)や、出産のシーン、医療器具などがあって、ちょっと変わっています。
医療器具に関しては、やっぱりギリシア系だからかなーとか思いました。
トルコで遺跡を見たときには、病院の遺跡とかも見た記憶があったからです。

この遺跡にもナイロメーターがありました。
こちらは、ホルス神殿のものと比べるとだいぶ大きかったです。


アスワン

■切りかけのオベリスク
ハトシェプスト女王が切り出そうとして、途中で亀裂が入ったから放置されたオベリスクが残ってます。
もし、ちゃんと切り出せていたら、アメリカにあるものを超えて、世界最大になっていたそうな。

それはともかくとして、こんな風にしてオベリスクって作ったんや…とわかる、なかなか興味深い遺跡でした。
岩山のなかに、どんっと斜めに横たわるオベリスクですよ。
オベリスク自体は、もう四角になってまして、表面も平ら。
でも、周囲の岩山は、普通にでこぼこなんです。
古代エジプトの土木技術ってすごい…。


■アスワンハイダム
ここは、ほとんど写真撮影に寄ったかんじです。
このダムが出来たから、アブシンベルなどヌビア遺跡群がダム湖の下に沈んだんですよね。
かつてナイル川にいたワニたちは、今は、ほとんどナイル川にはいなくて、このダム湖(ナセル湖)にだけいるんだそうです。


アブシンベル

アブシンベル大神殿
ラムセス2世が、この地に住んでいたヌビアの民に、エジプトの威力を見せつけるために建設したのだとか。
本来は、ダム湖の下に沈むはずだったけれど、現在の場所に移築されました。
そのときの様子もガイドさんが写真で見せてくれましたが…すごいですね。
上手いこと、切断してはるわ…。

現在の岩山は、実はコンクリートで作られた人造山だそうです。
…てか、遺跡の規模も凄いけど、移築の規模も凄いな、エジプト。

今は、最奥の神像に年に2日だけ日が当たるというのは、有名ですが、移築前は3日ずつくらい日が当たっていたそうです。
つまり、年に6日くらい?
移築したことで、微妙に変わったそうで。
もしかしたら、昔はもっと長い間日が射し込んでいたかもしれませんね…とは添乗員さん談。

ダムができるまではこの辺りにたくさんヌビアの人々が住んでいたそうです。
ですが、今はアスワンやカイロに住んでいる人が多いとか…。

うーん、アイーダやメレブもこの辺りに住んでいたのかしら?
そうでなくても、ラダメスはこの辺りまで攻め込んできたのかしら?

テーベ(ルクソール)からここまで船で来るには、滝を超えなくてはなりません。
今はダムが出来たから、エレベーターがあるけど。
たしかに、どうやって滝は超えたのかなーって思っていたんだけど。
船を陸に揚げて迂回?
それじゃ、コンスタンティノープルの陥落だよ!
なんにせよ、ここまで来るには、順調にいっても結構な日数がかかりそうです。
「1ヶ月くらいはかかったんじゃないなあ」と添乗員さん。
今までそんな質問されたことなかったって言われました(^^;

神殿の中は、撮影禁止なので、入り口からちょこっとだけ撮影。
入り口には扉の鍵をもったおじさんがいて、その鍵を持たせて一緒に写真撮影して小金を稼いでました。

しかし、こんなでっかい神殿をどどんと建てられるエジプトの威力を見せつけられた当時のヌビアの人ってどんな気持ち?
敵わないって思ったのかな?
むしろ、いつか自分たちがって思ったのかな?

ラムセス2世の時代は、アイーダの時代よりは後だと思うんですが、どうなんでしょうね?
…あ、もちろん、アイーダやラダメス、メレブが実在したとは思っていないので、大丈夫ですからねw


アブシンベル小神殿
こちらは、ラムセス2世がネフェルタリのために作った神殿。
入り口には、ラムセス2世:ネフェルタリ:ラムセス2世::ラムセス2世:ネフェルタリ:ラムセス2世と巨像が6体。
中の壁画は、大神殿よりこちらの方が綺麗に残っています。

ラムセス2世には、30人の奥さんがいて、100人の子どもがいたと言われるそうですが、その中で一番愛されたとされるのがネフェルタリ。
壁画には、イシス女神とイシス女神の妹(名前がちょっとわからない)の女神から、王妃の冠を与えられるネフェルタリの絵があります。
ホルス神とトト神からファラオの冠を与えられるラムセス2世の絵もありますが。

小さいのですが、こちらの方が私は好きです。
小さいからこそ、落ち着く…というのもあるかな。


ギザ

クフ王のピラミッド
ギザの町から、近くにある山のように見える…。
その様子はすごいです。

近寄ったら、やっぱりデカイ。

下の石ほど大きくて、上に行くほど小さい石になるそうなのですが…。
一番下の石は、身長くらいか、それ以上ありますわ。

中は蒸し暑いと聞いていましたが、思ったほどではなく。
でも、狭い通路を、降りてくる人とすれ違いながら上るのはなかなかに大変です。
盗掘路は、広いんですけどねー。
上昇通路は、まっすぐ立つことが出来ないほどに、天井が低くて。

大回廊に出たときの開放感といったら!

ただ、上昇通路は、テレビとかでもよく見るので、よっぽど辛いかと思っていましたが、予想よりはずっと短かったです。
大回廊に出ると傾斜のあるところを歩くのは辛いけど、それだけだし。

控えの間はまた天井が低くなって、そのあとに王の間。
吉村作治さんの説によれば、ファラオの魂がここでエネルギーを充填するんですねー。
ここでは、ぐるりと壁を触って、4300年前に思いを馳せてみましたvv

帰りは通路が空いていたので、大回廊の下にある女王の間に続く回廊を懐中電灯で照らして貰ってのぞき込み。
やっぱり、ピラミッドは、他の遺跡以上にテンションが上がってしまいますなあvv

外へ出てから、ちょこっとだけピラミッドに登りました。
上まで行くのは禁止だそうなので、5段くらいかな?
いやあ、よじよじと登るのは楽しいですよvv
許可さえ貰えたら、一番上まで…はさすがに足がすくむかな?行けるところまで行ってみたかったですw

その後は、ぐるりとピラミッドの周りを歩きました。
吉村さんが太陽の船を発掘するために立てたテント(?)とかも見てきました。
もっと時間があったら、クフ王のピラミッドの前にある小ピラミッドへも行きたかったけど。
時間ぎりぎりになったので、寄り道せずまっすぐ集合場所へ。


カフラー王メンカウラー王のピラミッド
こちらの二つは入場はしないで、ビューポイントから眺めてきました。
メンカウラー王のピラミッドは小さいから、ちょっと間隔が開いて見えるなあ。
カフラー王のピラミッドは、クフ王のピラミッドより小さいのですが、高台にあるせいで、カフラー王の方が大きく見えるらしいですw
「息子の方が、頭が良かったんですねー」とは添乗員さん談w


スフィンクス神殿
真っ正面から見るスフィンクスは、見事です。
まさしくピラミッドの守り神vv

神殿に入ると、入り口付近に長方形の穴。
ここから、カフラー王の像が発掘されたそうです。
そして、ここにコインを入れると再びエジプトに来れるとか…。
「でも、それ嘘だと思う」とはガイド談。
おいおい、そこであなたが盛り下げますかw

スフィンクスはちょっと小高いところから見下ろす感じです。
…って、この足場は、もともとの地面で、かつてスフィンクスはそこまで埋まってたってこと!?
成る程、凄い納得なのですよ。

そして、ここでは、しっかりスフィンクス目線の「ケンタッキー」も写真に撮ってきましたw
ま、お約束ですw


ダハシュール

■屈折ピラミッド
なかなか、不思議な光景でした。

■赤ピラミッド
ピラミッドの石に鉄分が含まれているせいで赤く見えるそうです。
離れてみると赤かったけど、近寄るとわかりにくいです。
屈折ピラミッドのすぐ近くにあります。

■黒ピラミッド
二つのピラミッドからはちょっと離れてます。
そして、言われなければピラミッドとはわからない(^^;
だって、だいぶ崩れてるんだもん。

この3つのピラミッドだけ見ていたら、中に入れるなんて全然思えない。
なんていうか、どんどん石を積んで、△にしただけに見えます。
でも、きっと中には空間があるんだろうなあ…。
不思議な感じです。


メンフィス

■野外博物館
ラムセス2世の巨像が、どどんと横たわっているところをまず観光です。
綺麗な顔してますよねー。

そのあと、野外にあるスフィンクスを見ましたが、これがエジプトで2番目に大きなスフィンクスだとか…。
えええ?2番目これ?一番大きいのとの差が大きすぎますw

博物館の一番奥にはラムセス2世の立像が…あるんですけど、あれあれ?さっきと顔が違いますよ?
人の顔を見分けるのが苦手な私でさえ、違うとわかりますって!
どうやら、ラムセスさん、他のファラオの像の名前を削って、自分の名前を彫らせたらしいです。
なんて、せこいw

あと、ここの博物館で、正方形の謎の石の箱を発見。
ちょっと小さいけど(1辺1mくらい?)これは、アイーダとラダメスが見ていたあの石の箱に似ている…。
実際には何なのか、わかりませんけど、勝手に盛り上がって、写真撮ってしまいましたw
たぶん、石棺じゃ、ないけどねw


サッカラ

■ジェセル王の階段ピラミッドと周辺遺跡
現在、階段ピラミッドは修復中。
良くテレビで見るザヒ博士の指導のもと、きれいになるそうです。
「直さない方がいいと思う、だって、なおしたらもう遺跡じゃないでしょ」とはガイド談。
ザヒ博士批判ですかーw

わきにある神殿も、だいぶ修復されているようです。
確かに入り口付近は綺麗でしたしねw

他にもそばには、テティ王のピラミッドがあったり、ちょっと離れたところにもピラミッドが見えたり。
そして、お天気が良かったので、ギザのピラミッドも遠くに見えました。


アレキサンドリア

カタコンベ
なんでも、ロバが歩いていて穴に落ちて、発見されたそうでw
井戸状の螺旋階段をぐるぐると下りていくと、そこにカタコンベ
かなり深いです。
もともとは1家族用のお墓だったそうですが、埋葬者が増えて、どんどん拡張したらしい?

地上の公園部分には、石棺がたくさん並んでいました。
また、モザイク?フレスコ画?が残っている聖堂みたいなところもあって、この絵は綺麗でしたw


ポンペイの柱
私は、この「ポンペイ」がてっきりヴェスヴィオ火山の噴火で灰の下に沈んだポンペイだと思っていました。
もともとポンペイにあった柱を一本持ってきたのかなーと。

違いました(^^;

この「ポンペイ」は三頭政治の「ポンペイウス」のことだった!
しかも、この柱とポンペイウスは何の関係もないらしい…。
ややこしいやろーっ!

実際は、ローマ皇帝ディオクレティアヌスのために、一本だけ柱を立てたというもの。
ディオクレティアヌス…すごく、引っかかる名前ですが、どの皇帝だろう??
気になるので、これは後ほど調べてみたいです。

そして、この遺跡にもナイロメーターがありました。
ここのナイロメーターはとっても大きかったのですが、水はありませんでした。
ちょっと残念。


■カイトベイの要塞
個人的に、要塞とか大好き!
要塞というか、城壁が好きです。
今回は見るだけ観光でしたが…。
そして、このカイトベイ要塞は、世界の七不思議のひとつ、ファロス灯台の跡地に立ってるそうですよ!

冬の地中海はかなり荒れてましたが(とはいえ、日本海ほどではない)、ざばざばかかる波の下、釣りをしているお兄さん達。
ちょっとした湾の中とはいえ、大揺れのボートに乗るお姉さん達。
ちょっと日本とはレジャーの価値観が違うようですw

また、エジプトではいろんなところで猫を見ましたが、ここでは、特に大量の猫。
ちょうどお昼時だったので、おじさんの餌やりタイムを見ることが出来ました。
さすが海のそば。
小降りの生魚が餌ですよ!
うーん、恵まれている野良猫たちですw


国立博物館
ここは、基本、アレキサンドリアで見つかったものの博物館です。
ですから、ギリシャ様式とかローマ的なものとか、モザイクとか…。
2階には、イスラム教のものとかもありましたが、こちらはちらっと見て、すぐ1階へ戻りました。

はじめの方の展示物(というか展示方法)がちょっと「海のエジプト展」とかぶってた感じです。
アレキサンダー大王像の頭部とかもありましたが、クレオパトラのはないんですね。

地下には、埋葬品を納めた部屋があって、そこのアヌビス像や、木棺などが見応えありました。
また、スカラベやウジェトの目の装飾品も綺麗でした。


アレキサンドリアで行ったのはこれだけ。
私としては、アレキサンドリア図書館とか行ってみたかったな。
ガイドブックを見ると、遺跡はないみたいだけど。
跡地だけでも行ってみたいw

クレオパトラ縁の土地とか、カエサルアントニウス縁の地とかも、全然、行ってないんですが…。
そういうところは、観光地になってないのかなあ??


カイロ

モハメド・アリ・モスク
トルコのブルーモスクを真似て作られたモスクだそうです。
このモスクの名前になっている「モハメド・アリ」がフランス王にオベリスクをプレゼントしたスルタン。
そして、このモスクにはフランス王から貰った時計台があります。

時計台のある中庭は大理石の床で天井無しなんですが、ここから、靴を脱がないとダメ。
トルコでは、靴はモスク外に脱いでましたけど、出口が違うため、靴は持って移動します。

欧米の人の中には、靴の上からビニール袋を被せて、入っていたけど。
靴を脱ぐ文化圏の人間としては、それはいただけないなあ…。

モスクの中は、天井のドームがとっても綺麗でした。
でも、ブルーモスクとは違います。
こちらはこちらで綺麗です。
大きさは、ブルーモスクよりは小さいですね。

エジプトはトルコと比べると、熱心なイスラム教徒が多いなと思います。
が、このモスクではお祈りしている人を見かけませんでした。
トルコだと、観光していても、隅っこの方で誰かしらがお祈りしていたんだけど。
何だか、ちょっと意外。


■カイロ考古学博物館
中庭まではカメラOKなので、まず、中庭に展示されているものを撮影。
雌ライオンの顔のセクメト神とか、結構すきなんです。

中では、ガイドの案内のもと、書記像とか、ラヘテプと妻ネフェルトの像とか、メンカウラー王の像とか見て。

そのあと、ツタンカーメンのお墓から出てきたものがずらっと並んだ部屋へ。
まず、棺を覆っていたという四重の厨子にびっくり。
一番外側の厨子…玄室とほぼ同サイズじゃないですか?
どうやって入れたの?そして、どうやって出したの?
(出したのは解体して出したそうです)

そのほか、玄室にあった、ミイラの入っていた黄金の棺、その外側の木棺など。
もちろん黄金のマスク、ミイラにかけられていた装飾品、杖。
とにかくすごい量の宝物です。

で、これだけじゃなくて、儀式用ベッドが三脚、ツタンカーメンのミイラを作ったと思われるベッドもあって。
有名な王座だけじゃなく、他にも椅子が3脚ほど。
ルクソール博物館で見た戦車と同じものが、他に4つ。(全部で6つ入ってたらしい)
入ってすぐの部屋のところで、門番していたらしい像2体。

ファラオの変わりに仕事する人形(日本の埴輪みたいなものと言ってた)が365体。
死後の世界で身につける下着。
死後の世界で履くサンダル、かなりの数。
内蔵入れてた容器。
まだまだ、まだまだ、書ききれないくらいあります。

ツタンカーメンの墓に入っていたものだけで、博物館の2階、かなりの部分占めてますけど…。
どうやって、こんだけのもんが、あの狭いお墓に入ってたの??

で、あんなに狭いお墓でこれだけだったら、もっと広かった他のファラオのお墓って…どんだけの宝物が入ってたんだろう?
そう思うと、当時のエジプト、すごすぎる。

ミイラ室へは、別料金(100ポンド)をはらって入場です。
ラムセス2世や、トトメス1世、トトメス2世、ハトシェプスト女王、トトメス3世などのミイラに対面したかったので、入ってきました。
初めのうちは混んでましたが、どんどん人がいなくなって、ゆっくり対面できました。

この人達、どんな気持ちで生きていたんだろうね?
死後、こんな風に見られるなんて、思ってなかったんだろうなあ。
もし、魂が残っているとしたら、どんな気持ちで、博物館にある自分の肉体を見ているんだろう?

そんなことを問いかけながら、ゆっくりしていたら、時間がなくなってきました。
もう一度、ツタンカーメンの所に戻る時間はない。
迷い込んだ部屋で、ワニのミイラを見て、そのでかさに驚き、その後、1階へ。
ホントに時間がなくって、真ん中の部屋くらいしかみれませんでした。
それでも、アマルナ美術のコーナーへは行けたのでよかったです。


■ハン・ハリーリ市場
ここは、主にお買い物コーナーでしたが…。
一部、シャッター街みたいな所もありましたよ。
細い路地にいっぱいお店があって、地図がないと迷うなあ…。



エジプト観光については、こんな感じです。
次回は、食事についてか、お土産について書きたいと思います。